金の斧銀の斧

最近、いわゆる「視える人」にお目にかかる機会が多いです。

この間も話の流れで、オフィスを構えたことをちょろっと話したら

 

「その部屋、すごい加護を受けてるね」と言われました。

 

私自身は見える聞こえる系の感覚はないので、そういわれても

そうなんだ〜くらいの軽い気持ちで聞き流していたんですが

さっきふと思いついた。

 

 

最初に行った不動産屋さんで貸してくれる物件が見つからなくて

紹介してもらったら、いくつかの部屋の中からカードを引いたりして選びたいな〜なんて

浮かれた夢が粉々になって意気消沈して帰ってきたわけですが

そのときなぜか変なスイッチが入ったのも確か。

 

そのスイッチというのは

仕事をする・占い師である、ということを正直に申告すると条件が悪くなるのなら

あえてそこは隠さずに真っ向から提示して部屋を探そう。

自分が借りたいと思う条件(駅からの所要時間とか)も一切妥協しないで探そう

それでもし見つからなかったら、今じゃないとすっぱり諦めて

もっと力をつけて、貸店舗か貸事務所を借りて正々堂々と仕事してやる!って思った。

普通に「住む場所として」とか誤魔化して借りることは絶対するもんか!って。

 

もし私に、あるいは私が借りた部屋に何らかの加護があるのだとしたら

正直だったから、なんじゃないのか?と。

イソップ物語の「金の斧銀の斧」のお話のように

本当にやりたいと思ってるのか、どの程度の覚悟なのか

そんなのを確認するための誰かからの試験だったのかなって。

 

まあ、これは私の脳内妄想なので本当かどうかはわからないですけど

そう考えた方が楽しいですから。そして

『応援してくださっているなら仕事のほうもどうかよろしく!』とか

ちゃっかりお願いしてもいいかな、なんてね。

 

 

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 18:37 | こんなことを考えています | - | -

仕事についてつらつらと

昨日自営の方とお話をする時間があって

仕事をするって、派手でキラキラしてるものじゃなくて

いたって地味なものだよね、という話になった。

 

こんな人と会った、こんなイベントやったという

華々しいことはほんの表面的なことで

毎日コンスタントに淡々と続けていくことの方が実は大変だし要だったりする。

私もイベント色々出たり開催したりしたけど、

準備に費やす時間や労力の方が圧倒的に多い。

その部分をちゃんと知らない・直視できないと続かないよね、って。

 

だからどんなに小規模であっても、自分が「仕事」というものについては

ちゃんと帳簿をつけてみるといいと思う。

特にモノづくりなどで、材料を仕入れるというプロセスがある人は

ストックしてある材料がどれくらいあるのか、作ったけど在庫としてある製品がどれくらいか

資産の棚卸をしてみるといいよね。それもできるだけシビアに。

特に主婦の人の場合は、そのお金が家計費と混ざっていないかどうかも

ちゃんと把握してみるといいんじゃないでしょうか。

 

 

好きなことを仕事にする、っていうのは

好きなことを好きなようにやったらそれが評価される、というのとは

ちょっと違うんじゃないかと私は思っています。

本当に好きなことを仕事にすると、やりたくないこともやらなくちゃいけなくなるから

他の仕事で収入を得て、好きなものは好きなままとっておく、という生き方もあっていい

 

私は器用貧乏なところがあるので、実のところ本当に好きなことって

自分ではよくわからない。

だから仕事は苦も無くできること、という基準でずっとやってきたところがあって

(適職・天職でいうと適職で仕事をするタイプ)

今でも事務仕事は苦にならずにできる。

 

もともと山羊子なのできちんとしてるところはあるんだろうけど

仕事モードになると10ハウスの乙女冥王星がスイッチオンになるので

やるならとことん細部まで気を抜かずに!ってなる。

帳簿つけとかも、やりすぎると収支を確認するという本来の目的から逸脱して

いかにきれいに帳簿をつけるか、というところに気が行ってしまい

勘定科目印とかつい買ってしまって本末転倒になることもある。

 

そういえば、この前の「開業とお金の話」の時

参考にと思って、確定申告書類のファイルを持っていってみなさんに見せたところ

税務署に勤務経験のある人から

「あかねさんのようにきれいに帳簿をつけている人の方がチェックを受けやすい」

と教えられてびっくりした。

なんでも、雑につけてるとチェックしにくいので税務署の職員さんも敬遠するらしい。

へー、そうなのか。

 

Posted by 八雲あかね at 08:57 | こんなことを考えています | - | -

『名もなきお茶会』

昨日14日は、あかねオフィスオープン記念イベントの大トリ

甲斐叶子さんの『Love&Joyお茶会』でした。

ネーミングはキラキラ感満載ですが、実際は真面目な深い時間になりました。

 

というのも、突き詰めていくと自分が自分のことを好きになれないうちは

本当の愛ってわからないかもしれない、という話になったから。

長所も短所も含めて自分を受け入れられたら、

他の誰かのことも受け入れられるようになるけど

満たされないものを埋めてもらおうとしたり

条件だけを追い求めて行ったりするのは、本当の愛じゃないよって。

 

オープン記念の一連のイベント、お祭り感覚でやってましたけど

終わってみたらいろいろ本質的なことを掘り下げるような内容になりました。

(私の担当したやつが一番中身がなかった・・)

 

今年の秋に木星が蠍座に入り、年末に土星が山羊座に入ったら

表面的な華やかさや見栄えの良さよりも

自分にとって本当に大切なもの、揺るがない価値のあるもの に

目が向けられていくようになるのです。

 

 

 

話を戻して、

お茶会の後、叶子さんや残った参加者さんといろんな話をしました。

しんみりしたり笑ったりしながら

普段なかなか言えない弱さや迷いをそっと吐き出したり受け止めたり

なかなか濃い時間になりました。

 

そのときにふと思ったんですけど

鑑定やコンサルを受けるのとは全く別の

あかねに話したいことがある・聞いて欲しいことがある

そういう人が集える『名もなきお茶会』みたいなの、やろうかな。

話して楽になるならそれでいいし、そこから掘り下げたければ鑑定受ければいいし

ただなんとなく会いたいから来た、とかでもいいし。

 

他の人がいると話しにくい、という人は

レンタルあかねを利用してくれたらいいしね。

 

Posted by 八雲あかね at 17:26 | こんなことを考えています | - | -

宿題の顛末

12日の「人生を加速させるお茶会」

宿題の結果が届いてきています。

実行して報告をくれた人、なかなか実行できません〜と報告をくれた人

報告の無い人、いろいろです。

 

宿題というのは

「旦那さんの手を握り、目を見つめて、愛しています。と言う」です。

 

正直なところ、旦那さんに「愛しています」と言ったから人生が加速するわけではありません。

これは魔法の呪文ではないから。

 

たとえばお茶を飲んでいるときに隣の席に座った人が

これ宿題だからやってね!と言って来たら、きっと実行しないし

むしろなんか変な人がいる、と思うだけです。

 

人生を加速させるお茶会なら、自分の人生に何か変化を与えてくれるかもしれない

加速させるためのアドバイスがあるかもしれない

参加者の皆さんはそういう期待をもって来てくださったはずで

この宿題が出たときも、正直なんでそんなことしないといけないの?って

思ったかもしれません。

 

ゲストさんがこの宿題を出された意図は

なにかきっかけが欲しいと思ってきたなら、

そこで言われたことをやってみる素直さとスピード が

人生を加速させるカギになるっていうことなんじゃないのかなと

私は受け止めました。

 

というのも、私も今年になっていろいろすごいスピードで動いていますが

自分が受けたいと思って受けたセッションで言われたことは

すぐにやってみたから、こんねにメキメキ変化したと実感しているのです。

(だからお茶会の名前を決める時そういう意図を込めたわけです)

 

もちろんやるのもやらないのも自由です。

 

ただ、実行した人たちの感想をまとめると

<できない、ムリだと思ったことをやれた自分>に自信が持てた

という人が多かったです。

 

後すごく印象に残ったのは

やると決めたら後回しにしないこと、というのと

そこに相手がいるうちに、見つめる目がある、握る手がある、伝える口があり、それを聞く耳があるうちに

ちゃんと言わないとだめだよという言葉でした。

 

それを聞きながら『最後だとわかっていたなら』という詩のことを思い浮かべました。

明日はないかもしれない。だから今日後悔しないように生きる。

 

宿題は私もやってみました。顛末はないしょです。

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 20:06 | こんなことを考えています | - | -

イメージと現実とのギャップ

明日から7月。1年の半分がもう終わってしまいました。

 

特に6月はいろいろありすぎて毎日超特急で

毎日「私は一体何をしているんだろう???」ってぼやきながら走ってる感じでした。

残り半年はどうなるのかな。

一説によると、私の人生はもっと加速するらしいのでのんびりはできないかもです。

 

 

さて。

 

仕事場を借りる時、

住居用ではなく「仕事場」として借りたい、ということと

職業は占い師であるということを

不動産屋さんにバカ正直に申告したわけですが

 

最初に行った不動産屋さん(担当は若い男性)では

「占いってどんなことをやるんですか?」と怪訝そうに尋ねられた挙句、貸してくれる部屋は無く

次に問い合わせた不動産屋さん(担当は若いお嬢さん)は

「占いって、どんなことをするんですか♪タロットとか?」というノリ

そして無事部屋が借りられると決まった時には

「どんなふうに模様替えするんですか?紫の布とかかける感じですか?」

目をキラッキラさせながら聞かれました。

 

残念ながらいたって普通のシンプルな(殺風景な)部屋ですが

ああ、世の中の人が占い師に抱くイメージってきっとそんな感じなんだろうな。

去年のイベントでコスプレしたような、あんなのをイメージされてるわけですね。

(そりゃー怪しまれて部屋も貸し渋るわな)

 

イメージって膨らむと際限がないので

必要以上に不安になったり過大評価したりしちゃうけど

実態がわかればそうでもないことって多いんじゃないかなと思います。

 

 

仕事場を作って、「あかねさんすごい!」って言ってもらうことがあるのですが

その人たちが 何を どう すごいと思ってるのかな?と考えることがあります。

 

今日来てくださったお客様もそうでした。

「あかねさんすごいですね。それに比べて私なんか全然だめだなと思いました。。」

なんておっしゃるので、内情を話してあげましたよ。

 

正直ね、今自分が回せるお金のことだけ考えたら、部屋なんか借りない方が楽ですよ。

家賃の分自分の小遣いや貯金に回せるわけだしね。

それでもやれたのはいろんな環境(夫の収入が安定しているとか、子育てが終わったとか、自分が働いたお金を家計に入れなくてもいいとか)があって、自分の収入で自分の経費が賄えればいいから

収入の比率からいえば、ちょっと背伸びして部屋を借りました。

 

自分でもすごいなと感心するのは、借りると決めてから実現するまでのスピードだけで

実際は何もすごくなんかないんです。

 

だから本当はこうなんだよ、今すぐは無理だとしても私と同じ年齢になった時にはきっとできるよ、ということを憧れの対象としてではなく、等身大の普通のちょっとだけ前を歩いている先輩として伝えたいと思ったのでした。

今度の「開業とお金のお話」もそのあたりのことセキララに語ろうと思っていますし

また別の機会も設けてもいいかなと考えています。

 

仕事をするっていうことは現実なので、夢や不安を膨らませすぎないで

そこにあるありのままの事実をちゃんと見ること、大事だと思います。

 

 

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 21:21 | こんなことを考えています | - | -

主語は「自分」

今年になって、いろんな方に会いいろんなセッション受けてきました。

お正月に、今年はどんな年になるかな〜ってぼんやり夢想していたときとは

まったく中身も速さも違う(良い方に覆されてる)けど

ひとつだけ強く感じることがあるんです。

それは、

 

どんな人に会ってもどんなセッション受けても、それだけでは人生変わらない

 

っていうこと。

 

「〇〇さんのセッション受けたら△△って言われた〜」じゃないの

「〇〇さんのセッションで△△って言われたからやってみる、って自分が決めた」なの。

 

迷ったり不安になったりしたときに

誰かの意見やアドバイスが欲しくなることは

きっと誰にでもあるけど、肝心なのは

それを聞いて自分がどう思ったか・自分がどうするのか 

 

 

主語を「自分」にしてみること

とにかく何か動いてみること

これがすごく大事じゃないかと思います。

 

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 07:12 | こんなことを考えています | - | -

サービスって何だろう

このごろフェイズブックで繋がっている方から

軽〜い感じでいろいろなご質問をいただくことが増えたのですが

ここでまとめてお答えします。

 

これってどうでしょう?どうしたらいいと思いますか?というご質問

 

友人とか知り合いとしての答えは

「自分がやりたいならやれば」です。

 

占い師としての意見を聞きたい、というのであれば

それは《仕事》として正式にご依頼ください。

そうしたら私も本気でお答えします。

 

 

私の思うサービスは、無償で一方的に提供するものではなくて

対価の上に、さらに価値を乗せることだと考えています。

 

Posted by 八雲あかね at 20:13 | こんなことを考えています | - | -

2016年の終わりに

こんにちは、八雲あかねです。

 

2016年もいよいよあとちょっとで終わりですね。

今年はとても目まぐるしくいろいろなことがぎゅぎゅぎゅと濃密に詰まった1年でした。

 

え?あんなこともこんなことも今年の出来事ですか!?っていうくらい

たくさんのことがありました。

1年前にそんなこと想像もしていなかったことが盛りだくさんでした。

 

来年はどんな年になるのか、っていうテーマで先日カードを引きました。

 

 

このカードの中で私は笛を吹いている人です。

 

奥の方に見える村というか集落で笛を吹きます。

「世界はここだけじゃない、もっと広い世界があるよ」と誘います。

行ってみたい!と思う人たちだけを案内して外の世界を見せます。

町はずれまで来たら解散です。

戻りたい人は元来た道を帰ればいいし、もっと遠くまで行きたければ行けばいい。

それは自分で決めなくてはいけない。

私はガイドをする、ただし自分で何とかしたい人のためにだけ

誰かが何とかしてくれると思っている人には、私の笛は聞こえない。

 

このカードを見てそんなふうに言いました。

 

夏に一度、そして先日もこちらのカードを引きました。

 

 

海の中にいるだけではわからない、上から見える別の世界があって

「それを見てみたい」と自分から手を伸ばす人たちだけのために力を貸す

 

このカードを引いたときはそんなことを言った覚えがあります。

 

12/14の4満月の日に、友人とこれからのことを宣言しあったときには

『自分の足で立ち、自分の頭で考える仲間を増やす』と言っている。

 

 

中心が貫索だから、というのもあると思いますが

自分が何を考えてどうしたいか、っていうことを大事にしたくて

(できているかどうかは実は重要視してない)

 

今年ずっとテーマとしてあった「ひとり」と「みんな」

ここに出てくる「みんな」というのは、自分から手を伸ばしてくる人たちで

そういう人たちのために自分の労力や時間を提供するのが

私にとっての愛なんだ、というのが今年たどり着いた答えでした。

 

 

今年のお正月に書いたテーマは「飛ぶ」でした。

飛べたかどうかはよくわかりませんが、必死で走った1年でした。

今もまだ走っている最中です。

 

最近たまに考えるのですが、人生には正解なんてない

最後の瞬間に、悪くなかった・おもしろい人生だったと思えるかどうかがゴールで

RPGのゲームのように、どの道を選んでも何を選択しても

進んだ方向を信じて進むだけなのかな、と思います。

なんだかとりとめなくなりましたね。

来年の計は、水星が順行にもどった後じっくり考えるつもりです。

 

今年一年、お世話になりました。

2017年が心満ちる幸せな一年になりますように。

みなさま良いお年をお迎えください。

 

Posted by 八雲あかね at 23:43 | こんなことを考えています | - | -

新天地

こんにちは、八雲あかねです。

 

カードセッションの振り返りがこんなに長編になるとは・・

自分でもびっくりでした。

 

年明けに初めてインナーチャイルドカードのセッションを受けて以来

ずっと「どこかに行く」という言葉が出ていたのですが

今回初めて、どこかに行きついたようです。

それがどこなのか、何をするのかはまだわからないんだけど

とりあえず到着した、らしい。

 

いつだったかブログにも書いているんですが

やっぱり私は自発的にこちらに向きあってきてくれる人に対して

できることをしたいんだ、というのが基本なようです。

 

で、これからはもっとネットを活用していくのがいいんじゃないか

というアドバイスもいただきました。

 

知り合いの紹介というのもありがたいことですが、

自分がそうだったように、私の言葉や感覚に引っかかってくれる人を

相手にして仕事をしていけたらもっと楽しいのではないか。

 

なので、現在は口コミだけで開催している陽転お茶会なんかも

オープンな開催の機会を増やしたり

スカイプの鑑定なども取り入れていくといいのかな、と考えています。

使えそうなレンタルスペース、できれば知り合いじゃないところ、を

ちょっと探してみるかな。

 

 

今まで生きてきて、●●の現象が起きるのは◆◆の出来事の前触れ

みたいなパターンが自分の中であって、

最近久しぶりに来たよ〜この感じ、というのを味わってるところなので

もしかしたら、9月以降なんかあるかもな、と思っています。

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 17:07 | こんなことを考えています | - | -

「優しい」と「厳しい」

こんにちは、八雲あかねです。

 

本日2本目の記事。

全然まとまっていないけど、思ってることを出すだけの為に書きます。

 

 

具体的に何があったかは書きませんが

怒って他人に「それはおかしいんじゃないか」とクレームをつけました。

 

そのことがずっとずっと頭から離れなくて考えていました。

 

どんな場所に属してどんな価値観を持ってどんな立ち位置にいるかによって

その受け止め方と感じ方がまったく違うのだ、ということもわかりました。

 

ものすごく簡単に書くとこんな感じ。

 

【怒られた側】自分たちがいいと思うことをやったのに文句言われる意味がわからない

(あかね厳しい)

  ↑

【あかね】外の世界にはその理屈は通用しないんだと気づいてよ

  ↑

【まったく別の立場の人】外の世界はもっと厳しいと本人たちが体験しないとわからない

(あかね優しい、むしろ甘すぎる)

 

 

そりゃー噛み合わんわね。

結局のところ自分がその立場に立ってみないとわからないことも多いし

相手が、いちいち口出すなと言う感覚か、言ってくれてありがとう!と言う感覚かでも違う

だから、私も自分の立ち位置からだけの意見を言うのは違っているんだというのも

なんとなくわかりました。

 

子育てと同じ。

失敗しないように教えたり先回りする部分も大事だし

あえて手を放して、自分で体験させるのも大事だし。

 

昨日の記事で、すごく優しくてすごく厳しくて

わかる人にだけわかる、と書いたのはそういうこと。

 

今回はたぶん着地点がないし(そもそも部外者だしね)

これからの自分の立ち位置について考えるいい機会になったことが

収穫なのかな、と思っています。

 

 

 

 

 

 

 

Posted by 八雲あかね at 11:45 | こんなことを考えています | - | -

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